コラム

詳しく視て、正しく読む

大隅正子
日本女子大学名誉教授

最近多くの学会で、研究論文は電子投稿へと、規定が移行しつつある。先日、ある外国の学術雑誌に投稿した時に、原稿は1MB以内とするとの規定があり、大変に苦労した。電顕の写真は1枚で0.8MB もある。それを組み写真にしても、写真だけで4MBぐらいに直ぐなってしまう。容量を多くした写真は画質が良く、細かい構造まで読める。しかし、経費と時間の節減との理由で、原稿をメールでレフリーに送るのはよいが、画質が悪くてレフリーの評価が低くなるのを心配する。「美しい写真ほど、真実を語る」と考える形態分野の研究者にとっては、この規定は重大な問題を含む、と感じた。

今年の6月に金沢で開催された8APEMでは、講演はすべてパワーポイントで行うことと指定されていた。フィルムで撮影していた時代から、現在はCCDカメラや、PCで画像を記録する時代へと移行しつつあるが、まだすべてが対応しきれてはいない。そのなかで、発表形式のみは最新技術へと代わり、従来OHPを用いず、スライドを学会発表での武器としてきた形態分野の研究者は、今葛藤の時期を過ごしている。

第6回ICEMが1966年に京都で開催された時、医生物系分野では、多くの発表で国際版(82×100mm)サイズのガラスのスライドが用いられ、それで映写された電顕画像は素晴らしい解像度であった。1972年にロスアンゼルスで開催された第1回APEM(ASEMと共催)にも、私はその型のスライドで発表し、そのための何枚ものスライドを持ち運ぶのはとても重かったけれども、割れないように機内持ち込みとした思い出がある。

8APEMの最終日に、A会場の最後の講演で、今期の学会で初めて、鮮明な画像を視ることができて、私はやっと救われた気持になった。それはシリコンの結晶構造のFIBを用いた micro-sampling による研究であったが、40kVで受けるダメージ層が10kVにすることにより軽減され、シリコンの最表層の0.19nmの格子が実に鮮明に写し出されていた。発表者は観察した電顕像をフィルムに収め、そのネガをスキャナーで取り込んで、用意したとのことである。

フィルムについてご造詣の深かった深見章先生は昔、会場のプロジェクターのレンズの明るさの違いに対応するために、2種類の明るさの違うスライドを用意するといわれた。それほどまでして、先生は発表に気を使われた。昔も今も、研究者が‘個性のある’研究の成果を理解してもらうために、如何にして印象的な発表をするかに苦心している。新しい技術を用いて研究をすると、誰もが同じ結果を得られることになり、便利で技術を要しない、蛍光顕微鏡を用いて得られた物質の局在だけで、細胞の微細構造にまでそれを飛躍させてしまうような研究発表を時々聞くと、恐ろしくなる。これは、電子顕微鏡でその物質の存在する構造をしっかりと観察したいと思っても、近くに技術を持った研究者がいない、どうやって電顕試料を作るのかわからない、あるいは、電顕像の解釈ができない、などの最近の研究環境が原因すると思われる。

私が大学を卒業する少し前にJ. Biophys. Biochem. Cytol. (現在のJ. Cell Biol.)誌が発刊され、1960〜70年代は形態学の黄金時代であった。憧れの国際誌であったUltrstr. Res. や多くの外国の書籍にも、当時は目を見張る個性的な電顕写真が数多く発表されていた。中でも、濱清先生の電気シナプスの写真、永野俊雄先生の中心体の写真などは、私を強く感動させた。

生命科学は形態の記載から始まり、機能の解析が進み、分子生物学へと発展してきた。それに伴い、ミクロの可視化技術が進歩し、生命科学に多大な貢献をした。ポストゲノム時代の今日、ナノバイオテクノロジーを支える基礎研究にとって、機能と関連した形態を‘詳しく視る’ことの必要性が再び叫ばれている。しかし近年、電顕技術は習得に永年を要するので、優れた可視化技術者、研究者が減少し、その結果、生物の構造を‘正しく読んだ’研究がすくなくなり、それが本学会員の減少にも現われている。

そのような危惧感から私は、関係者のお力添えを得て、本年6月に特定非営利活動(NPO)法人「綜合画像研究支援」を設立した。このNPO法人は、本学会員のシニアの先生方の素晴らしい研究技術を次世代へ継承すべく活動し、また、新しい画像研究技術の開発も手掛けて、本学会の発展に側面から少しでも寄与できれば、と願っている。

 第19回国際生物学賞は、細胞生物学の分野から受賞者が選ばれた。その審査委員の一人として、私も受賞式に出席した際、配布された「学術月報」誌709号に、濱清先生の「若手研究者への手紙:細胞生物学の明日の為に」の一文を見出し、式の途中でむさぼるように読んだ。そしてその文章は、細胞生物学について私が常々思っていたことを明確に示して下さっていたので、とても嬉しかった。本誌の読者もご一読を是非お勧めする。

授賞式後の懇親会の折に、先生の文章に感激した旨を申し上げると、先生は「昔の写真には個性がありましたね」とおっしゃった。これをお聞きして、私の脳裏に先生の写真がさーっと思い浮かんだ。先生はまた、「昔の写真には気品があった、なんていうたら、あほかといわれますな」といって笑っておられたのが、とても印象的だった。

金沢の8APEMで、ある先生と、「世界で1つぐらいは正しい電顕写真が掲載される雑誌があってもいいですね」と、JEMをお互いに意識しながらお話したことが、今も私の脳裏に焼き付いている。

社団法人日本顕微鏡学会
「顕微鏡 Vol.39.No3.2004」より転写

文中にご紹介の深見先生が、去る3月10日午前3時30分享年86歳でご逝去なさいました。 ご生前のご指導に感謝し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。合掌
前ページ 前ページ 次ページ 次ページ