コラム

第3回 可視化技術ワークショップ
「ゴルジ装置と物質輸送のイメージング」印象記

(株)ミノファーゲン製薬  肝臓リサーチ・ユニット
和氣健二郎

このワークショップは、去る11月のある土曜日の午後、紅葉に包まれた日本女子大学80年館で開催された。 今回のテーマ「ゴルジ装置」に引かれ、講演を聴かせていただく機会を得たので、その印象を述べ会議の感想としたい。 このワークショップは特定非営利活動法人 綜合画像研究支援(IIRS, 理事長 大隅 正子 日本女子大学名誉教授)が主催し、日本女子大学オープンリサーチセンター(ORC)と日本顕微鏡学会 (JSM)の後援で開催され、今回は第3回目を迎える。

ゴルジ装置は古くて新しい研究対象で現在なお不明な点も多く残されている。ワークショップでは発見の歴史から最新の分子生物学研究に至るまで幅広い視点から総合的に議論するように企画され、それぞれこの方面のスペシャリストによる講演と討論は興味の尽きぬものであった。

最初に山科(北里大)がカミロ・ゴルジの発見(1898)から現在の理解に至るまでの経緯を詳細に紹介されたことは、それぞれの演者の研究が歴史の流れの中で何処に位置するかを知らしめて、この会を一層意義深いものにした。演者は実際にパビア大学病理学教室を訪れ、ゴルジが作製した顕微鏡標本を自ら観察、撮影した顕微鏡写真を供覧されたので、発見時の興奮がそのまま伝わってくるような臨場感を味わった。一般に光学顕微鏡で見たゴルジ装置(内網装置)は人口産物で、その実体を明らかにしたのは電子顕微鏡とする風潮がある。それに対して演者はカハール(1914)やウイルソン(1925)による分泌や細胞分裂におけるゴルジ装置の観察から、光線顕微鏡時代にゴルジ装置の働きがすでに明らかになっていたことを紹介し、解像力のみに頼らず、観察する目をもつことの重要性を印象付けた。

多賀谷(東京薬大)はゴルジ装置の膜輸送を分子機構の立場から報告した。細胞内において特定の小胞が特定の膜に融合するにはSNAREタンパク質がその触媒を担っている。 演者は以前にSNAREタンパク質の一種sintaxin 18 (Syn18)が 小胞体膜に存在することを発見した。今回の講演ではSyn18複合体とその結合タンパク質がゴルジ装置の膜輸送のうち順行経路から回収経路へ繋げることに関与するとした。小胞がその積み荷を輸送先に間違いなく届ける機構がゴルジ装置に備わっており分泌を選別していることを教えられた。

和栗(福島医大)は、トランスゴルジ網 (TGN)から後期エンドソームへのタンパク質輸送を蛍光標識で可視化して解析した。 可視化にはマンノース6リン酸受容体を緑色蛍光タンパク質に結合させ細胞に発現させた。 TGNから出芽した小胞や小管状構造物は標識されたエンドソームに融合するもの、またそれに触れただけですぐに離れてしまうものもあり、その特徴的な動きが聴衆を魅了した。 輸送キャリヤーの鮮明な可視化にはフォトブリーチ法を利用するなど演者の努力のあとが偲ばれた。 今後さまざまな輸送キャリアーを用いた研究が期待される。

第2部は走査電顕によるゴルジ装置の立体観察から始まった。甲賀(新潟大)はオスミウム浸軟法で処理した数種の細胞を観察し、各細胞のゴルジ装置の特徴を、特に全体像、シス最外層、トランス最外層について報告した。高分解能で一定深度まで三次元で観察できる本法が初めて学会に報告されたときのあの驚きが蘇ったが、講者はさらに多種細胞について丹念に観察し、ゴルジ装置の一般構造と細胞種による変異を明らかにした。 もしも発見者のゴルジやカハールが現存していたとして、この像をみたら、どう言うだろうかと思った。 今後、機能的変動とGERLの知見を期待したい。

渡部(旭川医大)はゴルジ装置の細胞内極性と分泌の動線について神経細胞、外分泌細胞、内分泌細胞での観察結果に基いて論じた。これら細胞は刺激に応じて開口分泌する調節性分泌経路を備えており、異なった分泌の細胞内動線があると推論している。 その根拠として一般細胞ではゴルジ装置のトランス側が細胞膜方向を向いているのに対し、上記の細胞ではゴルジ装置は球状、ないし籠状を呈し、トランス側が籠の内側を向いているために分泌タンパク質は閉鎖的な空間へ向って輸送されるとした。しかし文献的には非活動状態の膵腺房細胞のゴルジ装置は球状という報告もあるので、機能との関連に期待したい。

最後の講演は野口(奈良女子大)が植物細胞のゴルジ装置を長年に亘る研究成果に基き紹介した。藻類・植物細胞のゴルジ装置が動物細胞と最も異なる点は細胞分裂中にもゴルジ装置が存在し、核分裂前期にゴルジ装置が2分裂して娘細胞へ分配され細胞壁形成に関わること、さらに単細胞藻類では細胞周期により分泌するタンパク質、多糖類、脂質が変動するため、その折々のゴルジ装置の状態を解析できるという利点がある。ことに興味深い所見は細胞周期において炭化水素の生成期に限って粗面小胞体がトランスゴルジ網へ伸びて膜融合する所見である.この時期に動物細胞のリソソームに相当する液胞へ分泌輸送があることは興味深い。植物細胞に馴染みのない筆者にとっては目から鱗が落ちる思いであった。

各講演を聴き筆者の頭のなかに新しいゴルジ像がイメージされたことを感謝したい。

最後にこのワークショップを企画された綜合画像研究支援(IIRS)について希望を述べたい。 現在世界の主要国では ’Microscopoy and Microanalysis’ の分野はNanotechnologyの発展と相俟って、ひとつの国策として進められている。米国ではNational Nanotechnology Infrastructure Network (NNIN)が13拠点からなる大規模なnanoscience とnanotechnologyのネットワークが活動している。 また新興のオーストラリアでも2001年にSydney、New South Wales、Queensland, Western Australia, 及びMelbourneの5大学がネットワークを組み、Nanostructural Analysis Network Organisation - Major National Research Faculty (NANO-MNRF)を設立した。 施設はSydney大学に置かれ、Specimen preparation, Light and laser optics, SEM, TEM, Advanced ion platforms, Scanned probe techniques, X-ray technologies, Visualization and simulation などの部門があり、最新の機器を備えて共同利用、技術の向上、研究支援、技術教育などを実施している。

わが国では大隅正子女史が中心となって平成16年1月に日本女子大学を中心的拠点とする特定非営利活動法人・綜合画像研究支援が設立された。この活動は米国やオーストラリアの例にみるように、人材、設備、運営のいずれも公的予算のバックアップを必要とする事業である。この綜合画像研究支援が核となって科学・技術立国にふさわしい我が国に適したより大きな組織として発展することを期待したい。

新しい機器や技術のみに惑わされては重要な発見は得られず、「いかに見るか」という研究者の能力が問われるのであろう。いずれにせよ1世紀以前に報告されたゴルジ装置が現在の研究においても、なお多くの未知の部分が残されていることを痛感させた。

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