新型コロナウイルス感染拡大をうけて
― 会員からのメッセージ ―

大隅正子(IIRS理事長)

世界を席巻するコロナウイルスの脅威は、日本を含めてまだまだ終息の道は見えておりません。当IIRSは微小世界の可視化を通して、科学界への寄与と社会への啓蒙と貢献を目指しております。コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電顕写真を見るたびに、IIRSとしてコロナウイルスに関する情報共有、社会への発信の必要性を痛感している毎日です。

このような困難な状況の中、IIRSの会員の皆さんからの“声”を当HPで掲載し、IIRSからのメッセージとして、社会に向けてお伝えしたく存じます。皆様からの自由な御発言をお願いいたします。

新型コロナウイルス感染症の詳しい情報は、政府のサイトをご参照ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html


新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)の超微形態イラスト
(image courtesy for the Centers for Disease Control and Prevention)

大阪市立大学・宮田真人

新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)が現在、大きな災害となり人類を襲っています。被害を受けた皆さまにお見舞いを、医療従事者をはじめとする感染症対策にかかわるすべての皆さまに、心より御礼を申しあげます。

私たちIIRSは、あらゆる事象の可視化技術の開発とその啓蒙活動に携わってきました。その対象の大きなウエイトを占めますのが、生命現象であります。そしてその中には、ウイルス増殖に関係する事象も含まれます。現在テレビ等で広く紹介されるコロナウイルスの電子顕微鏡写真は、ある意味、我々がこれまで行ってきた対象そのものを表しています。 具体的には、ウイルスがヒト細胞に結合する受容体構造、細胞に侵入するための細胞膜の動き、複製のための装置構造、ウイルスがサイトカインストームを起こす信号のやり取り、などです。ですから私たちが出来る社会貢献の一つは、コロナウイルスを制圧する研究に、可視化技術で直接お手伝いすることです。私たちが開発あるいは普及した可視化技術がウイルス伝播制圧に貢献できれば、大変光栄で、これに勝る喜びはありません。 もう一つの貢献の可能性は、微小世界を可視化することで、微生物やウイルスなどが繰り広げる生命現象に対する正しい科学的理解を人々に届け、世の中に蔓延する無駄な不安を取り除いたり、後悔のない選択を助けることです。

IIRSは皆さまと一丸となり、パンデミック克服に少しでも多くの貢献を行いたいと思います。

ケンブリッジ大学・諸根信弘

英国はロックダウンから8週目に入っています。新型コロナウイルス感染から回復したジョンソン首相が『条件付き』緩和計画を宣言しましたが、『Stay home』が『Stay Alert』となったのを見ても分かる通り、感染者・死亡者数はなかなか収束の兆しを示していない現況です。

唯一、季節が春であったことが、今回のコロナウイルス禍における不幸中の幸でしょうか。日没も遅くなり、ケンブリッジはほとんど毎日が晴天です。この間、キャプテントムの国民保健サービス(NHS)への募金活動など、心温まる明るいニュースもありました。

いま、在宅勤務で、電子顕微鏡、ミクロトームなどの調達を進めています。また調査研究の確認も進めています。ケンブリッジ大学の中では、数人から300人規模の講演会・会議が毎週ウェブで開催されています。IIRS分科会のメンバーとも、2回ほどウェブミーティングをして頂きました。

在宅の身としては、一昨年前に植えたチューリップの球根がなぜか最近咲き始め、この観察が毎日の楽しみです。その為か、マルハナバチ(丸花蜂)も飛んできています。ロビンという小鳥(胸がオレンジ色)も時々。

これから(週一回の生活必需品のお買い物と併せて)、ガーデンチェアを取りに、近くのスーパーへ。夕方なので空いていると良いのですが、朝は長蛇の列(2メートル間隔)だったので断念。日光浴も、ストレス解消には良いようです。

月並みな言葉ですが、このoutbreakが1日でも早く収まることを祈っております。

サーモフィッシャーサイエンティフィック 大阪大学超高圧電子顕微鏡センター
青山一弘

ウイルスの3次元構造解析 クライオ電子顕微鏡法の役割

いわゆる新型コロナウイルスの流行により現状の社会情勢は困難を極めている。この状況において自分の専門分野であるクライオ電子顕微鏡法がいかに貢献できるかを考えてみたい。そもそも「ウイルス」というものの存在自体、電子顕微鏡が発明されて初めて実証されたものであることからも明らかなように、ウイルスの研究において電子顕微鏡法の果たしてきた役割はその菱明期より大きなものであったことは疑う余地もない。ウイルスのサイズを考えたときに構造解析手法として電子顕微鏡に比較しうる手法は現在でもあまり見当たらない。顕微鏡学者が貢献できるのはもちろん構造解析のみであるので、これにより直接ウイルスを無力化したり、病状を寛解させたりすることはできないが、ウイルスと戦う戦略を立てるときにその構造の情報は必要不可欠なものであると考えられる。

一方、2017年にノーベル化学賞が送られたように、クライオ電子顕微鏡法は主に単粒子解析法による生体高分子の高分解能構造解析が高く評価されてきた。細かい議論は省くがウイルス粒子の3次元構造を解析するときに伝統的な試料作成法ではなくクライオ法を用いることが望ましい。さて、クライオ電子顕微鏡法を用いて3次元構造解析を行うとき大きく分けて2つの手法がある。単粒子解析法とトモグラフィ法である。両者の違いはたくさんの粒子を平均化するか一つの粒子の構造を解析するかの差である。タンパク質分子のようにまったく同じ構造を持つ粒子が多数生成される場合、多くの像を撮り、これを平均化することにより高い分解能を得ることができる。しかし、コロナウイルスやインフルエンザウイルスは多数の粒子が生成されはするが、構造は均一ではなくそのサイズすら大きくばらつく。そのため使えるのはトモグラフィ法ということになる。クライオ電子顕微鏡法の初期において、ウイルス粒子(の殻)が単粒子解析法のターゲットとして多く採用されていたことから、一部でウイルスは単粒子解析に向いているという誤解があるが、単粒子解析に好適なのは20面体構造を持つ一部のウイルスの殻(Capsid)のみであって、内部まできちんと構造解析を行うときにはトモグラフィ法を採用するしかない。

トモグラフィ法の基本概念を示す。
試料を傾けながら像を多数撮影し、それを計算機上で3次元再構築する。一つの粒子から多くの像を得なければならないので、クライオ試料の場合ここに制限が発生する。つまりクライオ試料は電子線照射に対し脆弱であるので、当てられる電子数には限度があり像一枚当たりに使える電子線量は極めて少なくなってしまうことである。従来はこれが大きな問題であった。

https://www.thermofisher.com/blog/microscopy/cryo-em-used-in-novel-coronavirus-research-to-support-vaccine-treatment-development/

病原性を持つウイルスをクライオ状態で観察するためには、もちろんバイオセーフティレベルの制限があり、現状なかなか難しいが、BSL3のクライオ電子顕微鏡室が年内にも一つ立ち上がり、その他もいくつか計画されていると聞いている。日本国内からも遠からず大きな成果が出されることであろう。